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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)515号 判決 1976年4月09日

原告 佐藤三郎

被告 松本光司

右訴訟代理人弁護士 和田良一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和四八年一月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、建築工事請負業者であるが、昭和四七年一一月二八日、被告との間で、左記約定の建物改造工事請負契約を締結した。

(一) 目的の建物

東京都北区赤羽二丁目一六番二号所在建物の地下一階部分(約二〇坪。以下本件建物部分という。)

(二) 工事内容

(1) 旧喫茶店造作等解体搬出工事 (2) 木工、左官工事 (3) 塗装工事 (4) 建具、畳工事 (5) 電気、水道工事 (6) 壁張り工事 (7) ジュータン、カーテン取付工事

(三) 完成引渡日

被告の開店予定日までに完成して引渡す。

(四) 請負代金 三〇〇万円

(五) 代金支払方法 昭和四七年一一月三〇日及び同年一二月一〇日各金一五〇万円宛分割して支払う。

2  原告は、同年一二月一〇日、本件改造工事を完成して、同日、被告に引渡した。

3  被告は、昭和四七年一一月三〇日、原告に対し、右請負代金の内金一五〇万円を支払ったが、残額を支払わない。

4  よって、原告は被告に対し、右請負残代金一五〇万円及び支払命令送達の日の翌日である昭和四八年一月二二日から完済に至るまで商事法定利率の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、(二)、(三)の点を除き認める。但、本件改造工事の完成引渡と同時に残代金一五〇万円を支払う約定である。そして、本件工事の完成引渡期日は昭和四七年一二月一〇日と約したものである。工事の内容については、電気器具備付のみを別途工事としたほかは、被告が既に前記建物地上一階で営業の用に供していた割烹「まづ喜」と同程度の造作・備品・設備を備え付け、直ちに営業の用に供し得るものとすることとし、原告主張の各工事に加えて、別表(2)ないし(13)の各工事等も含まれていた。

2  同2の事実は否認する。原告は約定の完成引渡期日である昭和四七年一二月一〇日までに本件工事の僅な部分しか施工せず、同月中旬頃、不完全な大工工事、不完全な左官工事及び畳、襖の搬入のみをなしただけで、本件工事を中止、放棄したものであって、本件工事は未完成である。

3  同三の事実は認める。

三  抗弁

被告は、次の理由により、本件請負残代金支払義務はない。

1  原、被告は、本件工事途中、別表(1)ないし(4)記載の各工事につき合意解除し(以下本件一部の合意解除という。)、右各工事費用は後日清算する旨約した。さらに原告は天井等の木工工事の瑕疵(不良な材木を用いており仕上げが杜撰。)の修補として塗装仕上げ(以下工事の瑕疵修補としての塗装工事という。)をなすことを約したが、その際、原、被告間において、右塗装工事費用は右同様後日清算するとの約定のもとに被告が右塗装工事を完成することを約した。被告は、右各工事完成費用として、別表(1)ないし(4)及び(14)記載のとおり合計金九二万二、七三〇円を要した。

2  原告は、昭和四七年一二月中旬頃、本件工事を未完成のまま放棄するにあたり、被告との間で、未完成工事は被告においてこれを施工完成し、請負残代金の支払の有無に関しては、前項の清算費用額及び右未完成工事の完成費用をそれぞれ残代金額から差引き、残額があれば工事完成後清算して原告に支払うこととする旨約した。被告は未完成工事の内別表(5)ないし(13)記載の各工事完成費用として、同表(5)ないし(13)記載のとおり合計金七五万一、七〇〇円を要した。

3  被告は、原告に対し、右1及び2記載のとおり合計金一六七万四、四三〇円の工事費用請求権を有している。そこで、被告は、昭和五〇年七月二五日の本件口頭弁論期日において、右請求権をもって、原告の本訴請求金額金一五〇万円と対等額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、原、被告間において、電灯配線工事を合意解除したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  抗弁2の事実中、昭和四七年一二月中旬、被告の了解をえて本件工事を中止した際、障子、便所の戸等建具取付工事、壁張り工事が未完成であったこと、原、被告間において、未完成工事は被告においてこれを施工・完成し、請負残代金に関しては、右未完成工事の完成費用を残代金一五〇万円から差引いて、残額を工事完成後清算して原告に支払うこととする旨約したことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  昭和四七年一一月二八日、原、被告間において、本件建物部分につき、請負代金は金三〇〇万円とし、代金支払方法は、同年一一月三〇日に内金一五〇万円を、同年一二月一〇日内金一五〇万円を各支払うとの合意のもとに、本件建物部分改造工事請負契約が締結されたこと、及び、被告が同年一一月三〇日右代金の内金一五〇万円を原告に支払ったこと、は当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫及び当事者間に争いのない右事実に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  被告は、東京都北区赤羽一丁目一六番二号所在建物一階部分で割烹料理店「まつ喜」を経営していたが、昭和四七年一一月中旬頃、同店の規模を拡張するため、もと喫茶店の営業に供されていた本件建物部分をその所有者から借受け、同月二〇日頃、知人の小森谷精三郎の紹介で知った原告が内装工事を業とする東洋建築工事の下請業者であるとの触れ込みであったことから、被告自身内装工事を兼業とするものであるが、他からの請負工事のため本件工事に手がまわらないこともあって、原告に本件改造工事の注文をなした。

2  被告は、原告に対し、旧喫茶店の造作等を解体搬出した跡に、割烹料理店の営業用として和室六畳三間及び舞台を設け、廊下に庭を配置し、洋式トイレを和式トイレに改造し、造作、設備等は既に営業の用に供していた右一階店舗と調和のとれる同程度のものを備付けて本件建物部分を割烹料理店用接客座敷専用の店舗に改造することとの指図をなすとともに、とくに工事に手間のかかる出入口、調理場、便所等の間取り、仕様等について説明、指示を与え、原告もこれを了承し、同月二八日、右指図に基づき、庭及び移設後の冷房機の配置場所ならびに間取り等の概略を記載した平面図を作成して被告に示し、同日、原、被告間において、同年一二月一五日頃本件建物部分開店の予定のため、完成引渡期日は同月一〇日とすること、請負代金は金三〇〇万円とし、その支払方法は、同年一一月三〇日に金一五〇万円を、同年一二月一〇日本件改造工事の完成引渡と引換えに残代金一五〇万円を支払うこと、電気器具についてのみ別途工事とする旨約して、本件請負契約書(乙第一四号証がこれにあたる。)を作成した。

ところで、工事内容については、極めて概括的な口頭によるものであって、電気器具のみについては別途工事としたほかは諸設備、造作等の具体的細目に関する取決めも特になく、仕様書、見積書等は一切作成されなかったが、前記のとおり本件請負契約の目的は、本件建物部分を割烹料理店用店舗に改造し内装工事を施工することであり、被告の前記指図により原、被告間において、別表(2)ないし(4)及び(6)ないし(13)の各工事は本件請負契約の範囲内のものと約された。なお、別表(5)のケレン工事は、塗装及び壁張り工事の施工の際、既存の塗装等を剥離して凸凹をなくし壁面に布張り等をするための下地工事であって、原則として右工事に付随ないし包含されている工事であり、原、被告間で塗装及び壁張り工事が工事内容とされた際、右ケレン工事を除外する旨の明示の意思表示はなされなかった。

3  被告は、同年一一月三〇日、請負代金の内金一五〇万円を原告に支払い、原告は、同年一一月三〇日、本件工事に着工したところ、原告は、本件請負契約の範囲内の電気工事、冷房機移設工事、座卓、座椅子工事、造庭工事について、逐次被告との間で、各工事費用は、請負残代金から控除して後日清算するとの約束のもとに合意解除して本件工事を進めた。

ところが、原告は完成引渡期日の同年一二月一〇日に至るも右合意解除した各工事を除く本件工事の完成を遂げず、その後本件工事を続行したものの、同月一七日頃、舞台に設置するカーテンレールの取付工事をなした際、右取付工事が仕様どおり取付けられなかったことなどから、被告の要請により原告は解体搬出工事、木工・左官工事・畳・襖・ジュータン取付工事を完成したのみで、本件工事を未完成のまま中止した。その際、原・被告間において、被告は、以後、未完成工事を施工することとし、請負残代金の支払については、被告の未完成工事完成後、右完成費用を残代金額一五〇万円から差引いて計算し、残額があれば、これを残代金として支払うとの合意がなされた。

4  被告は、結局、本件一部の合意解除にかかる各工事及び右未完成工事の一部を第三者の請負業者に請負わせて完成し、本件建物部分を一応営業の用に供するに至った。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  そこで以上の事実に基づいて判断するに、本件請負契約は、原告の工事完成前である昭和四七年一二月一七日頃、被告の要請により原告が工事を中止した時点で合意解除された(以下単に本件合意解除という。)ものというべく、したがって、原告主張のような仕事完成引渡を前提とする残代金請求は、すでにその前提を欠き失当というべきであるが、たとえ、工事の途中で、請負契約が合意解除されてもすでになされた仕事を基礎としその上に継続してさらに注文者が第三者をして残工事を施工せしめ、当初の仕事を完成したような場合は、反対の意思表示がないかぎり、注文者は請負人の仕事の成果を取得、利用することによって利益を得たものというべきであるから、請負人の施工した仕事の完了割合に応じて相当の報酬を支払うべきものと解するのが相当である。

そして、原告の本件残代金請求の主張は、工事が未完成であると確定した場合、自己が施工した仕事の完了割合に応じた報酬の請求を含んでいるものと解され、一方、被告は、工事が未完成であるから請負代金支払義務はないとして争いながらも、完了割合に応じた報酬請求権が発生し、それが既払金一五〇万円を超過した場合にそなえて抗弁を提出しているものと解されるから、以上の解釈を前提として、原告の完了割合による報酬請求権の有無について判断する。

四  原告が、解体搬出工事、木工、左官工事、畳・襖・ジュータン取付工事等本件工事の一部を施工したことは前判示のとおりである。

ところで、本件請負契約は、前示のとおりいわゆる定額請負と認められるから、右の意味における完了割合による報酬とは、結局、全請負工事と比較した出来高割合を根拠に算出されるべきであって、原告の本件工事に関する実費支出額(及び原告の見込利潤額)をもってその報酬と解する余地はないところ、本件においては、前判示のとおり、各工事の段階に対応する代金の合意も確定しえないような極めて大雑把な口頭契約によるものであるから、右完了割合は、未完成部分を完成させるに要する費用から逆算する方法すなわち全代金額から右完成に要する費用を差引く方法によるほかはない。

五  そこで、被告の抗弁について検討するに、被告の抗弁は相殺という表現がとられているが、結局、抗弁2は、本件合意解除の際、原、被告間で、双方の契約上の義務の一部の既履行部分に関する清算処理について、前記逆算方式を前提とする旨の合意が存した旨の趣旨と解され、抗弁1の内本件一部の合意解除に関する部分は、右清算処理の合意の前提となるべき請負総代金の減額ないし一部の消滅の主張と解され、工事の瑕疵修補としての塗装工事代金に関する主張は、性質上、完了割合による報酬請求権に対する相殺の主張と考えるべきであるから、結局、被告の抗弁を判断することが、一方では前記逆算方式に基づく原告の完了割合による報酬請求権の有無を判断することになると思われる。

六  よって、まず抗弁1の内本件一部の合意解除に関する主張について判断する。

1  別表(1)ないし(4)の各工事が本件請負契約締結後本件請負契約の合意解除前に逐次合意解除されたこと(但電灯配線工事が合意解除されたことは当事者間に争いがない。)、及び、右合意解除に伴い、請負代金の減額に関しては、残代金支払の際、右各工事を完成するに要する費用額を控除して清算するとの合意がなされたことは、前判示のとおりである。

2  ところで、本件一部の合意解除にかかる各工事部分の代金については、本来右合意解除の時点で不発生として確定されるのであるから、右部分を完成する費用につき原、被告が請負残代金額から減額することについて確定的に合意しているかぎり右部分に関する控除額の具体的数額が未確定であって後日その清算の機会がなかったとしても、右合意解除の時点で客観的に相当と認められる右各工事完成費用額が控除され請負総代金額が減額されたものと解するのを相当と考える。

3  そこで右各工事を完成させるに要する費用について判断するに、≪証拠省略≫によれば、別表一については金二七万円、別表三については金二四万八、〇〇〇円、別表四については金一六万円の各費用を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。

次に、別表二について判断するに、≪証拠省略≫によれば、被告は本件冷房機移設工事を第三者である東京冷機工業株式会社に請負わせて完成させ、同社は昭和四八年一月九日、被告に対し、同工事代金として金一二万四、七三〇円を請求したことその請求書によれば工事内容として、冷房機移動、冷却水及ドレン配管工事のほかクーラー化学洗浄、コンデンサー化学洗浄等の工事内容も含まれていること、クーラー化学洗浄、コンデンサー化学洗浄の各工事代金はそれぞれ金一万円を超えないことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実及び前判示の事実を勘案するに、クーラー化学洗浄、コンデンサー化学洗浄の工事内容は建築業者である原告の本来の請負の範囲内とは認め難く、結局、別表二の工事費用については、これらの代金額を控除するべきものというべく、結局、別表二の工事費用としては、金一〇万円を下らないものと認めるのが相当といわなければならない。(なお、≪証拠省略≫によれば、右各工事の請求書の作成及び完成は、昭和四七年一二月九日から昭和四八年一月一五日の間になされたと認められるから、本件一部の合意解除がなされた昭和四七年一二月中旬頃と比較して特に価格修正を要するほどの価格差があるとは認められない。)

4  してみると、本件一部の合意解除の結果、その時点で請負代金総額は当初の金三〇〇万円から右合計金七七万八、〇〇〇円を控除した金二二二万二、〇〇〇円に減額されたものというべく、したがって、請負残代金は、右二二二万二、〇〇〇円から当事者間に争いのない既払内金一五〇万円を控除した金七二万二、〇〇〇円であるといわなければならない。

七  次いで、抗弁2について判断する。

原告が昭和四七年一二月中旬頃、本件工事を未完成のまま中止した際(これが本件合意解除と解されることは前説示のとおりである。)、原、被告間において、原告の完了割合に応じる報酬額について請負残代金から未完成工事を完成させるに要する費用を控除し、余剰金が出ればこれを報酬として支払う旨の合意がなされたことは当事者間に争いがなく、別表(5)ないし(13)の工事が本件請負契約の範囲内に含まれており、これを原告が完了していないことは前判示のとおりである。

そこで、右各工事を完成するに要する費用につき判断するに、≪証拠省略≫によれば、別表(5)については金二万五、〇〇〇円、別表(6)については金一〇万円、別表(7)については金一七万円、別表(8)については金一万三、七〇〇円、別表(9)については金九万五、〇〇〇円、別表(10)については金一二万五、〇〇〇円、別表(11)については金四万七、〇〇〇円、別表(13)については金一五万円の各工事費用を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。(なお、≪証拠省略≫によれば、右各工事の見積または請求書の作成及び右各工事の完成は、昭和四七年一二月二〇日から昭和四八年三月二九日までの間になされており、本件合意解除がなされた昭和四七年一二月中旬頃と比較してとくに価格修正を要するほどの価格差があるとは認められない。)

ところで、被告は別表(12)については金二万六、〇〇〇円の工事費用を要したと主張し、乙第一一号証を提出するが、右乙第一一号証の作成年・月・日は昭和四七年三月二三日であって、本件請負契約締結前の作成日付であり、単なる誤記と認むべき証拠もないから、同号証を採証の用に供することはできない。

しかし、≪証拠省略≫を総合すれば、別表(12)の工事完成費用としては少くとも金二万円を下らないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上によれば、結局、前認定の減額後の請負残代金は金七二万二、〇〇〇円であり、右各工事費用は合計金七四万五、七〇〇円であるから、右各工事費用の合計が右残代金を上回ることになる。

してみるとその余の争点について判断するまでもなく、原告の報酬請求権は存しないものといわなければならない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺西賢二)

<以下省略>

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